Astar zkEVMの始動

「Astar Network」とは?

https://astar.network/ja

2022年1月に「Stake Technologies」のCEO、渡辺創太氏の指導の下でメインネットをローンチした「Astar Network」は、日本発のパブリックブロックチェーンで、分散型プラットフォーム「Polkadot」のParachainとして機能しています。Astar Networkのネイティブトークン「ASTR」は、ネットワークのガバナンスやステーキング、報酬メカニズムなどの様々なプロセスに使用されています。また、多くの日本の大手企業がWeb3への参入を考える際、Astarをそのプラットフォームとして採用するケースが増えており、非常に注目を集めているブロックチェーンとなっています。

「Astar zkEVM Powered by Polygon」の発表

Astar Networkは2023年9月に、”Supernovaの到来”と称してEthereumのレイヤー2「Astar zkEVM Powered by Polygon」の提供をPolygon Labsと共同で発表しました。Polygon Labsは、EthereumのサイドチェーンであるPolygonの開発チームとして知られており、2023年3月にzkRollupを用いたEVM互換のレイヤー2「Polygon zkEVM」のメインネットローンチを行いました。さらに、Polygon Labsは「Polygon Chain Development Kit (Polygon CDK)」という名称で、Ethereumのレイヤー2を迅速に展開するための高度なオープンソースフレームワークも提供しています。Astar zkEVMの開発にはこのフレームワークが活用されています。

Astar zkEVMの概要

一般的な「zkEVM」の特徴と活用事例

「zero-knowledge Ethereum Virtual Machine (zkEVM)」は、Ethereumとの互換性を保ちつつ、ゼロ知識証明(ZKP)技術を駆使してスケーラビリティを大幅に向上させるソフトウェアコンピューティング環境を指します。この互換性により、既存のdAppsはEthereum(レイヤー1)からzkEVM(レイヤー2)へとスムーズに移行可能となります。さらに「zkRollup」技術を活用し、セキュリティと分散性をEthereumに依存した状態を保つことができます。

zkRollupは、ゼロ知識証明技術を基盤としたロールアップの一種です。ロールアップとはレイヤー2のトランザクションをバッチ処理でレイヤー1に書き込むことで、データを圧縮し、ガスコストを削減するスケーリングソリューションですが、zkRollupはレイヤー2で実行されたスマートコントラクトの計算過程やトランザクションをオフチェーンで処理し、それらの過程をまとめた「証明書(Proof)」を発行します。この証明書だけをEthereumに書き込むことで、全てのトランザクションの正当性をレイヤー1のセキュリティに依存させることができます。

実際の活用事例として、「Polygon zkEVM」、「zkSync」、「Scroll」などがレイヤー2ソリューションとして稼働しています。特にPolygon zkEVMの開発チームは、ゼロ知識証明技術「Plonky2」や、「Polygon Chain Development Kit(Polygon CDK)」というzkEVMを独自にカスタマイズして開発することが可能なキットも提供しており、Astar zkEVMの開発に利用されています。

再帰的SNARK「Plonky2」の概要

Polygonの開発チームによって提供されるPlonky2は、「再帰的SNARK」と呼ばれる暗号学的技術の一種で、その技術はPolygon zkEVMに利用されています。再帰的SNARKを説明にあたり、まず「SNARK」について説明します。SNARKとは「Succinct Non-interactive ARgument of Knowledge」の略であり、以下のような意味を持っています:

  • Succinct(簡潔な証明のサイズが非常に小さく、検証が迅速に行えることを意味します。
  • Non-interactive(非対話型):証明者と検証者が複数回のやりとりを行わなくても、単一のメッセージで検証が完結することを指します。
  • ARgument(主張):証明者が、ある計算が正しく行われたことを検証者に主張することを意味します。
  • of Knowledge(知識に関する):証明者が特定の情報(秘密鍵や計算の入力値など)を知っていることを検証者に証明することを指します。

この技術を用いることで、計算の入力値や出力値を明らかにすることなく、すべての計算が正確に実行されたことを証明する証明書を作成することができます。具体的にzkRollupでは、レイヤー2のコントラクトで行われた計算がすべて正しく実行されたことを、それらに対する証明書のみをレイヤー1に記録するだけで済むため、トランザクションの速度を向上させ、コストを削減することが可能になります。

さらに「再帰的」SNARKは、SNARKが自己検証する能力を持つことを意味します。これにより、あるSNARKが別のSNARKを検証し、このプロセスを繰り返すことができます。この機能により、複数の計算やトランザクションを一つのSNARK証明にまとめ、その全体を検証することが可能です。再帰的SNARKを使用することで、複数のトランザクションを一つに統合し、処理能力を高めることができ、ブロックチェーンのスケーラビリティを大幅に向上させることができます。

Plonky2は、Ethereumのスケーリングを目指しPolygonが開発した再帰的SNARKである。PLONKおよびFRIという技術を組み合わせることで、Trusted Setup(第三者の信頼を必要とするセットアップ)を不要としつつ迅速な証明生成を実現にし、Ethereumと互換性を有するゼロ知識証明の計算効率を飛躍的に向上させています。その結果、開発時点で既存のゼロ知識証明技術と比較して約100倍の速度で動作することが確認されました。次章では、このPlonky2の技術を取り入れたzkEVMの構築・ローンチが容易に行えるPolygon CDKについてご紹介します。

zkEVM搭載レイヤー2開発キット「Polygon CDK」

Polygon CDKとは、開発者がEthereumベースでカスタマイズ可能なzkEVMを搭載したレイヤー2ブロックチェーンを構築できるオープンソースのフレームワークです。将来的には、Polygon CDKを用いて開発された各チェーンが相互運用可能になり、チェーン間での迅速な取引を実現することが期待されています(Polygon 2.0)。本章では、Polygon CDKの特徴であるData Availability Committee (DAC)、Validium、およびLXLY Bridgeについて、公式資料に基づいて説明します。

Data Availability Committee (DAC):DACは安全なノードのコンソーシアムとして機能し、CDKで開発されたチェーン内でオフチェーンデータへのアクセスを保証します。従って、チェーンオペレーターがオフラインになった場合でも、ブロックチェーン上の資産やデータへのアクセスは維持されます。

Polygon CDK Validium:ロールアップに関するオプションで、Validiumを選択した場合、トランザクションデータをEthereumネットワークに保存せず、トランザクションデータのハッシュのみを公開します。このハッシュがDACメンバーの過半数によって承認されると、メンバーからの署名とともに、Validiumのコンセンサスレイヤー1コントラクトに送信されます。検証後、ハッシュと証明書(ZK Proof)がレイヤー1のStateに追加されます。

What is the Polygon Chain Development Kit? | Polygon Wiki

LXLY Bridge:Polygon CDKで開発されたチェーン間のシームレスな相互作用と資産の交換を可能にする機能です。これにより、レイヤー2チェーン間またはレイヤー2チェーンとEthereumとの通信が可能になります。

Ethereumの互換性、zkRollupsによるスケーラビリティ、他のレイヤー2との相互運用性を備えたブロックチェーンの容易な構築は、革新的な進展を示しています。Polygon CDKを通じて、多彩なアプリケーションを搭載したレイヤー2が展開され、新たなエコシステムが形成されることが期待されます。

参考記事:
Welcome | Polygon Wiki (Polygon公式のドキュメント)
Layer up with Polygon CDK (Polygon公式のブログ記事)

Astar zkEVMの特徴

Astar zkEVM: Supernova is Here! | Astar Network

Astar Networkは、Polygon CDKを用いたAstar zkEVMの開発を進めており、Ethereumのセキュリティとスケーラビリティをエコシステムへ統合することを目指しています。Polkadotエコシステムの一員としての立場としても、PolkadotとEthereumの両エコシステムを繋ぐゲートウェイの役割を果たすことが期待されています。さらに、Astar NetworkはLayerZeroなどのパートナーと協力しながら、Astar VM(WASM、EVM + zkEVM)間の相互運用性を強化する方針を明らかにしています。

現在、Astar zkEVMはテストネット「zKatana」を稼働させており、これにより開発者や企業にとってアイデアのテスト、ネットワーク機能の確認、ガス代のシミュレーションなどを行う環境が提供されています。これはWeb3を安全に活用するための重要なステップであり、既に公開されている情報によれば、Astar zkEVMはいくつかの顕著な特徴を持っています。

  • Ethereumの堅牢なセキュリーの継承
  • EVM同等性(EVM equivalance)
  • ゼロ知識技術による高効率のトランザクション処理
  • Astar zkEVMのガスにはETH(Ethereumのネイティブトークン)

Astar Networkは、低コストでの取引やEthereumの持つ安全性と互換性の高いプラットフォームの統合など、zkEVMを核としたイノベーションによりそのエコシステムを拡大し、新しいユーザー層の獲得が期待されます。

参考記事:Astar zkEVM Testnet is now live | Astar Network

Astar zkEVMがASTR保有者へ与える恩恵

Astar zkEVMのローンチによるASTR(Polkadot Astarのネイティブトークン)保有者への恩恵はあるのでしょうか、という疑問についても公式からの提言があります。まず、アプリケーション開発者にはより多くの選択肢が与えられます。これまでのレイヤー1であるAstar Substrateに加えて、レイヤー2としてのAstar zkEVMが利用可能となり、さまざまな場所やツールでDAppをAstarエコシステム内で開発することができるようになります。さらに、AstarはEthereum上のTier1プロジェクトとより密接に連携することができ、DApp StakingなどのAstar独自の機能を活用することができます。これらの結果として、Astarのエコシステムのアクティブユーザーが増え、取引や流動性の流入が促進され、Network全体の活性化が期待されます。将来的には、日本の多くの企業や実際のユースケースがAstarエコシステムに参加することが予想されます。

矢井田 友暉

植物の美しさを追究する研究者であり、新時代の技術を構築するWeb3.0エンジニアの矢井田です。植物生態学においてはその無垢な美しさに隠された複雑な生態系を解明することに魅了され、Web3.0の開発ではその透明性と効率性がもたらす無限の可能性に挑戦しています。